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檀家総代がキリストに会っちゃった!!
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     檀家総代がキリストに会っちゃった!!
    「 神の富と知恵と知識の深さよ。神の定めは悟りがたく、その道は窮めがたい。」(ロマ11 ・ 33)

     人はだれでも人生の途上において、忘れることのできない体験をします。それが、わたし(たち)のひ言行為、あるいは出会いであったりするのですが、たとえばその一言が、思いもよらない大きな影響を及ぼしたり、結果を生じたりします。
       ぼくにとってKさんとの出会いは、その一例であり、まさに「神の富と知恵の深さ、神の定めは悟りがたい」一神の計画一を実感させられた出来事でした。Kさんは中学校長を定年退職後ある短大の講師をしながら、「忘れかけていたものを取り戻すように、・・・どの時代でも変わらぬ人間の苦悩や喜びを探すつもりで」(本人のことば)文芸誌に作品を投稿され、いくつもの賞を受けておられました。また地域にあっては檀家総代としも活躍され、いねば地元の名士として知名度の高い方でした。かれはキリシタン関係にも興味を持っておられ、時には教会を訪れることもありました。
     わたしが初めてKさんにお会いしたのは3年前の春、ミサ後、ある信者さんの紹介があった時と思います。そして何回目だったのかわたしの記憶は定かではないのですが、司祭館前で立ち話をしていたとき、Kさんは、「自分はトルストイに興味を持っていて、ずっと研究しているがまだまだ分からないことばかりです。」と話されましたわたしはトルストイに関して何の知識もありません。知っていることと言えば、「戦争と平和」や「アンナ・カレリーナ」などの作者であり、その頃彼の周りにはびこっていた社会悪に目を向け、それに打ち勝つには、武力ではなくキリスト教的人類愛をもってであると説いたロシア人であった、ことくらいでした。それも半世紀前に手当たり次第いろんな本を読みあさっていた頃に得たあやふやな知識でした。そんなわたしが、大先輩の大先生に対して、「トルストイをわかるためには、キリスト教を知らなければ無理ではないでしょうか。」と言ってしまったのです。しかも、なにも考えずに、それこそ思わず「口をついて」出た言葉でした。Kさんは、「わたしみたいなものでも教会に来ても良いのですか。ゆるされるのですか。」と尋ねられました。
     その後、日曜日ごとに教会を訪れ、ミサにあずかるようになられたKさんは、やがて、カトリックの洗礼を受けることを希望され、教理の勉強を始めることになりました。教理の勉強は最初と最後の部分をわたしが担当し、大部分は信徒の担当者が担ってくれました。この問、Kさんから「檀家総代」について相談を受けましたが、彼自身がご高齢であったこと、またかなり進行していた病気を抱えていたこともあったので、檀家総代を辞するのが良いのではないかとの結論に達しました。
      当時小教区では、翌年司教様に来ていただいて、堅信式を行う予定が組まれていたので、Kさんの受洗をその機会に行うことにしました。そして予定されていた当日、Kさんが希望し、待ち焦がれていた洗礼と堅信の秘跡を司教様の手から受ける恵みにあずかりました。
     受洗後のKさんは、日曜日になると教会を訪れ、ミサにあずかっていましたが、数か月の後病気が悪化し、ほどなく天の父のもとに旅立たれました。
     今振り返ってみると、すべてが神から出て神に帰する計画があり、神の恵みが働いてくださったのだと実感しています。神に感謝。

    聖パウロ修道会司祭、夫津木 昇神父、 (きずな誌より抜粋)
    3月末まで熊本・八代教会主任
    posted by: Michele:ミケレ | - | 13:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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